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2005年 11月 30日
私の作文技術
a0006954_11462163.jpg 先日「花はさくら木の感想」は文章の苦手な自分に課した勉強だと書いた。さてしかし、その成果は上がっていると言えるのかどうか。書いて更新する時には気付かないが、後から読んで見るとその文章に恥ずかしくなることがよくある。それでもこの頃は、自分で言うのはかなり図々しいのだが、僅かでもまともになって来ているような気がする。
 文章を書くには先ず自分の心の中に書きたいことがあるということが前提だ。しかしそれはここでは一旦横へ置いて、私の場合の問題は、とにかく文章を書くことに慣れていない、慣れていないからよけい少しはいい文章を書こうと意識する。そのあまり、知らず知らずのうちに紋切り型 (一見気が効いていそうだが手垢にまみれた表現) の連なる空疎な文章になりがちなことだ。しかも、時として読者が笑う前に文自体が笑っているような厭味な悪文になる。加えて基本的な作文法も充分心得ていない。
 実は、そういうことを私に教えてくれたものがあって、それは本多勝一著「日本語の作文技術」(朝日文庫)という本だ。ふらっと覗いた古本屋で見つけた1982年初版(この本自体は1991年の第20刷発行のもの) の随分古い本だが、理論に終始せず、著者が新聞記者としての現場を踏まえた上で解説をしてくれる非常に具体的で分かりやすい「日本語の作文技術」の本だ。上であげたような悪文のことは、「第八章 無神経な文章」の中で触れている。他に修飾語の順序や句読点の問題など、私にとっては ”まさに目から鱗” (これを紋切り型と言う) の内容が多い。特に句読点の打ち方は作文をする上で非常に基本的なことであるにも関わらず、小中学校を通じて充分納得の出来る説明を受けた覚えがない。むしろ作文が大の苦手な私は、それを逆手に取ったように字数確保のため、やたら「、」を散りばめたカスカスの文章を書いていたくらいだ。さすがにその頃に比べれば自分も進歩したものだと思うが、もっともっと、さらっとして分かりやすい文章が書けたらなあ、と思っている。
 この本の背表紙に多田道太郎氏の本文内の解説の一部が載っている。 『ちゃんとした日本語を書こうと思ったら、まず、勉強に本多勝一氏の「日本語の作文技術」を読め。これが私の持論である。・・・全巻を通読しなくてもいい。第一章から第四章まで読めば、それだけで確実に、文章はよくなる。この本はそういうスゴイ本なのだ。』 と。 『第一章から第四章』 とは序論的な内容と前述の修飾語の順序や句読点の問題についてのことだ。 『それだけで確実に、文章はよくなる』 のは個人差があると言うものだが、『スゴイ本』 であることは間違いない。
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by kpage | 2005-11-30 11:52 | ■書籍・雑誌 | Comments(0)
2005年 11月 28日
メタボラ
 「花はさくら木」が終了し、今日から「メタボラ」の連載が始まった。このことはすでに20日の朝刊に載っていたらしく、慌てて古新聞の山をあさると果たしてその記事(参照)が見つかった。その隣の記事は明らかに読んだ記憶があるのだが、かなりの関心事であるはずのこの記事には全く気付かずにいたようだ。
 記事中「作者の言葉」にあるように、作者の桐野夏生氏は近年の若年層に”新しい人類”の誕生を見ているのだが、もしもこの物語の主人公である「僕」がそのような若者であるとすれば個人的にはとても興味のあるテーマだ。ただ、今まさにそういう年頃の子を持つ親としてはそういうテーマは生臭くて、とても「花はさくら木」のように脳天気に感想を書くわけにはいかない、というのが正直なところだ。因みに桐野氏は私と同じ51年生まれだという。同年代のお子さんがいらっしゃるのかどうか。ともかくしばらく読んでみようと思う。
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by kpage | 2005-11-28 10:23 | ■書籍・雑誌 | Comments(0)
2005年 11月 27日
時満ち満ちる
 更に時が満ち満ちる。青綺門院は娘智子にも自分の心中と同じものを感じ取っていた。その場を敢えて智子に譲るようにそっと立ち去ると、そこへ入れ替わるように智子が立ち、今そこにいるのは田沼と智子の二人だけとなった。智子もまた砂時計をひっくり返して小石の上に置いたが、この砂時計の砂が全て落ちれば、おそらく彼女もその場を立ち去り、この物話の全てが終わる。
 田沼の理想の下に数多の人が集散し中には儚くも命を落とす者もいた。しかし今、散り散りとなる彼等の心中は切なくも清々しい気に満ちているに違いない。それはこれまで起こったことの全てが愛の力がその源であって、その愛は常に無私の献身と信頼に姿を変え現実の力となって来たからである。
 この田沼の理想へ向けた歩みもこれから25年後に図らずも破綻を迎える。それが現実というものかもしれない。しかし、これは物語であって理想はあくまで理想だなどと言ういわゆる現実論、本音だけでは世の中いくら進歩はしても、決してよくはならない。
 菊の季節でこの物語は終わるが、現実も菊の季節を迎えている。菊の季節だからというわけではないだろうが、先日皇室典範改正案が明らかになった。後桜町天皇(智子内親王)に続く女性天皇は果たして愛子さまなのだろうか。ふとその姿をほほえましく思い描くのである。
【最後に】 「花はさくら木の感想」は文章を書くのが苦手、加えて何事も継続が苦手な私が勉強にと自らに課したことではありました。後半、登場する人物やもの事が出尽くしてくるのに従って、読み方が筋追い中心になってくるとどうしても筆が滞りがちになりましたが、途中ありがたい応援のメールなどもいただいて、曲りなりにも続けることが出来ました。次の連載がどうなっているのかは知りませんが、機会があればまた挑戦したい気もします。8ヶ月もの間お付き合い下さって本当にありがとうございました。
(第220話の感想)
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by kpage | 2005-11-27 11:18 | ■花はさくら木の感想 | Comments(0)
2005年 11月 26日
時満ちる
 琅かんは北風の地下城と共に水底に沈んだ。北風壮次郎は遠く南蛮へ去り、菊姫は青井と共に清国へ渡り、豊臣に繋がる身を自ら彼の地へ封印しようとしている。その二人の安全を担保するために、あの清明上河図も一緒に海を渡る。何もかもがいちどきに遠ざかろうとしている。それは本話のタイトルであるさくら木の、時が満ち一斉に花の散っていくような潔さを持ってである。
 第一話の冒頭で「花はさくら木」のさくらはそもそも宝寿院の美しい枝垂桜だという説を紹介し、では「ひとは武士」の武士は一体誰を指しているのだろうか、と問うていた。かつて、田沼は 『 無私の精神だよ。私利私欲のなさこそ、我々の力の源泉だ 』(関連記事)と言ったが、正にわが身を捨てたところに人の道を見い出す、いわば愛と言い換えてもよい真の武士道を語っているように思えてならない。青井に立花について 『 武士をこえた男だった 』 と言わしめたのもその愛ゆえだろう。
 それにしても、文字の消えた琅かんの謎と、北風壮次郎が天下取りの野望を持つに至った経緯は何だったのだろう。いずれの正体も不明のまま視界から消え去ってしまったのだが。
(第219話の感想)
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by kpage | 2005-11-26 14:51 | ■花はさくら木の感想 | Comments(0)
2005年 11月 23日
不思議
a0006954_2119477.jpg 日本人にとっては季節ごとの儀礼のようなものである。しかも近所のものを愛でておればそれでよいものを、若干遠くへ足を延ばすほうが儀礼としての完成度がなんとなく高いと感じるから困る。確かに美しいから仕方がないが、勢い有名所へ人は集中する。紅葉狩りであり、春のお花見のことである。今年も人波で溢れる京都の銀閣寺へ行って来た。美しさから言えば2年前だったか?の方が断然色鮮やかできれいだったが、それはそれで満足して帰って来るから不思議である。
 不思議と言えば下車した京阪電車の出町柳駅でのこと。上の写真は自動改札機を改札内から撮ったものである。向こうから人が改札機に切符を入れると手前のガードが開いて通過できるのは当り前のことだが、人が改札機を通過し終わった後も、写真のように赤い×印になってはいるがガードは開いたままの状態がその間4~5秒あるのだ。この瞬間をひとりの腰の曲がったおじいさんが切符も入れずにフラフラと改札から出て行った・・・、と私にはそう見えた。私の勘違いかとも思ったが、それでもまた人が通過してくるのを待って写真に収めてみた。やはりそのまま通過しようと思えば出来そうな感じがする。実際に試すわけにもいかないが。
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by kpage | 2005-11-23 22:17 | ■身近の話題 | Comments(0)
2005年 11月 23日
沖縄の言葉
 こんなことは沖縄に行く前に少しでも調べておくべきことだったと今にして思うのだが、滞在中でさえそういうものなんだ程度にしか思わなかったのは、私も意識が低いというものだ。それは沖縄の言葉についてのことだ。
 沖縄では母音は「a」、「i」、「u」の三母音であり、「e」は「i」に、「o」は「u」に変化する、更にそれが一部の子音にも影響し「キ」は「チ」に変化し、またナ行・マ行音は「ン」に変化することがある、そうである。なるほど、それで「やきもの」が「やちむん」になる訳だ、とやっと納得出来た。
 因みに「やちむんの里」のある読谷は「よみたん」。道路標識などもyomitanとあったと記憶しているが、先に紹介したHPでは「ゆんたん」と「ヨ」が「ユ」に、マ行も「ン」に変化している。これが本来の読みかもしれない。
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by kpage | 2005-11-23 00:46 | ■身近の話題 | Comments(0)
2005年 11月 20日
やった!
感動!a0006954_2324233.jpg 高橋尚子 復活V おめでとう!(関連記事
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by kpage | 2005-11-20 23:25 | ■身近の話題 | Comments(0)
2005年 11月 19日
やちむんの里
a0006954_18233449.jpg 沖縄では焼物のことを「やちむん」と呼ぶそうだ。私はこれを「やむちん」と間違って呼んでいて、那覇在住の知人に大いに笑われてしまった。この「やちむん」の窯元がいくつも集まっているところが「やちむんの里」(参照)である。
 懐とも相談しながら一番奥にある工房の売店で大皿と小皿を購入した。大皿と同柄の小皿が揃わなくて、仕方ないと違う柄を組み合わせたがこれはこれでよかったのかも。赤い瓦の登り窯がとても印象的だった。
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by kpage | 2005-11-19 17:53 | ■身近の話題 | Comments(2)
2005年 11月 19日
コンクリートの家
a0006954_17564691.jpg 小寒い関西空港から飛び立って初めて降り立った那覇空港は少しむっとした熱気があって、聞けば前日は最高気温が29℃と、さすがの沖縄県民もこの陽気はと思うほどだったらしい。翌日からは少し気温が下がってきたもののきれいな砂浜では海水浴やマリンスポーツに歓声をあげる姿が見られたほど。ただそういう気候など本土との空間的距離の違いから来るものは無論だが、風土や文化、そして歴史的、政治的な立場や立地など、3泊4日の駆け足ながら単純な空間的距離では計れない距離感も感じた旅行だった。
 とはいえ沖縄を周っていて一番感心(?)したのはどの家も(印象としては100%と言いたい)コンクリート作りであることだ。旅行中に一軒だけ新建材に覆われた私たちが通常よく見る木造住宅を見た記憶がある。
 台風に強いからなのだろうか、屋根は伝統的な赤い瓦に白い漆喰屋根もあるが本体はいずれもコンクリート作りである。よく見ると強い日差しを遮るためだろう、奥の深い庇と風通しの良い屋根付きの広いベランダがほぼ共通した作りである。かといって作りが画一的なのかといえば結構個々に凝っている。本土から若い建築家がやってきてはコンクリート建築の腕を磨いて帰って行くのだと言う話を聞いた。確かに一般の家屋の全てがコンクリートといっていいのだから本土に比べれば随分場数が踏めそうな気がする。
 私たちのイメージではコンクリートというととても無粋な感じが先ず立ってしまうが、これだけ徹底されるとなかなかのものである。高台に連なる白く四角い稜線を眺めているととても日本ではない、よく言えば地中海に面した国々の家並みを見ているような気分になってくるのである。
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by kpage | 2005-11-19 15:04 | ■身近の話題 | Comments(0)


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