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2005年 10月 30日
同じ恋の果て
 これまで北風に仕え、菊姫へも思慕を献身に代えて仕えて来た立花は、形から云えば青井と同様使命と恋のための戦いをして来たと言える。しかし、青井の使命と恋が一体のものであったのに対し、立花の場合は、彼が北風の元にあるうちは決して一体になるはずもない。それが立花の悲劇の始まりでもあった。
 北風から解き放たれた立花は菊姫のためだけに戦うが、一方青井には菊姫のみならず一体となった使命が背を後押しするのである。決着の差は技の差でもなく、僅かにそのような差だったのかもしれない。戦いを終えた青井の胸中は、ただ愛する菊姫のために命をかけた立花に対して、使命とは言えあろうことか空の銀箱で迎え撃ったという羞恥でえぐられた。そして今、そのえぐられた跡には立花の押し殺したような無念さがむなしく響くのである。立花の無念さを本当に理解しえたのは、共に菊姫を愛し、共に命をかけ戦った青井だけであるのだから。
(第192話の感想)
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by kpage | 2005-10-30 12:11 | ■花はさくら木の感想
2005年 10月 30日
自民党新憲法草案
 自民党新憲法草案が決定した。改憲草案の目玉は解釈論争に終止符を打つべく謳われた 『 自衛軍の保持 』 であろう。が、それはそもそも100%軍隊と規定していないのだから、自ずとその任務についてはいずれ解釈論争が付きまとう。それれならば 『 戦力はこれを保持しない 』 と謳った現憲法下で自衛隊を保持している現状となんら変わりがないように思われる。というよりむしろ、もっと怖いレベルでの解釈論争がなされる危険を秘めていると言える。
 さて前文だが、先ずこの文章はどこか味気ない。現憲法の前文は絵に描いた餅的な感はあれ、理想に燃えるある種格調の高さがある。草案は草案、言いたいことのメモ書だと理解すればいいのかもしれないが、このままでは一国の憲法の巻頭を飾るにはやはりいささか味気ない。
 が、それはさておき、現憲法ではその冒頭に 『 日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、・・』 とあり、実際の国政は主権者たる国民の信託によるものであると明記されている。わざわざ書かなくとも民主主義の常識だろうと言いたいのだろうが、この改憲草案ではそういう記述がない。多分それは今回の衆院解散総選挙における自民党圧勝の末、小泉首相や自民党に芽生えた過信、つまり自分たちは国民の圧倒的な支持を取り付けたのだとする誤った思いの表れなのではないのかと私には思われてならないのだ。日本国民を言葉で国民と一絡げに出来ても、その実は個々に多様な考えや価値観を持っているものだという観点から言えば、この草案は国政に携わる代表者がその国民の 『 厳粛な信託 』 を受けているという現憲法には存在する重要な視点を欠いていると云えはしないだろうか。そのことは前文から国民の代表者としての自分たちの臭いを消し去り、国民の圧倒的多数が支持をしているのだからという理由から、主権と共に国政の責任の所在までもが国民に帰しているかのような印象を与えるのだ。国民とその代表者は、それぞれが責任を持ってお互いに選び、選ばれるものであるべきものである。全ての起点をただ国民の圧倒的支持に置けばいいという安易な衆愚政治へと向かってはいけない。
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by kpage | 2005-10-30 01:38 | ■思ったこと
2005年 10月 21日
経済とは経世済民
 三浦梅園については名だけは聞いたことがあるようなという程度で、それもおそらくは私が梅園と同郷 (同じ大分県という程度のことだが) であることが幸いしてだろう、偶然どこかで耳にすることがあったという程のことだ。
 梅園が非常にユニークな思想家(哲学者)であることや、前話で鴻池宗益が梅園より送られて読んだと言う主著 『玄語』 がかの時代、世界的に見ても非常に先駆的で、且つ稀に見る難解な(私には本当にチンプンカンプン)書物であることなどは、インターネットで調べて初めて知ったのだが、梅園にはもちろん他にもいくつかの著作があり、そのひとつに 『価原』 というのがある。
 『価原』 は近年その貨幣論が注目されているらしい。豪商鴻池宗益が 『玄語』 だけでなく、 『価原』 の方も読んで感銘でも受けておれば、少々世の中変っていたかも知れない。というのも、経済には2つの形態があって、当時の言葉で 『乾没(かんぼつ)』と『経済』と言い、乾没は相手から富を吸いあげる意で、「利をもって利とする」商賈(商人)の術、経済は経世済民、世を経め(おさめ)民を済う(すくう)の意で「義をもって利とする」王者の道である、と言う。そしてその経済のあり方を踏まえて、小川晴久という方が三浦梅園の経済思想の現代的意義として以下のような要約をしておられる。

(1) 真の富は貨幣にはない。それは生活財と我々の生に歓びと潤いを与える一切の物にある。
(2) 貨幣は有益な貨幣(交換手段)と犯罪的貨幣(利殖の手段)の二つがある。後者はすべての物の処刑者である。
(3) 貨幣はスマートに犯罪を犯す。しかし一度も司直の手にかかったことはない。
(4) 貨幣は多量に存在する必要はなく、多く回転させればよい。また紙幣にても可。
一考させられる。
三浦梅園研究所HPhttp://www.coara.or.jp/~baika/index.html
(第183話の感想)
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by kpage | 2005-10-21 15:48 | ■花はさくら木の感想
2005年 10月 20日
謙虚の力
 古来、巷に存する数多の神々への信仰は日本人の宗教観を特徴付ける大きな要素である。それは庶民の日常生活の様々な場面に生ずる不安や恐怖、または欲望や願望などに対して、一種専門性を持った神々が個々に見事な問題解決を見せることにより、庶民の信頼を獲得して来たといってよい。 一方、そのような自分の都合のよい神々とだけ向き合っておればよしとするような人間本位の信仰は唯一神の許すところではなく、田沼の言うように人間の幸福の総量があらかじめ定められた一定量であるかどうかはさて置いても、人間が唯一神と向き合う時、謙虚になれる(ならねばならない)というのは筋道としてはまことに正しいといえる。
 かつて田沼は自分のあまりに青臭い言葉に多少照れながらもこう言った。 『 無私の精神だよ。私利私欲のなさこそ、我々の力の源泉だ 』 と。かつてなく自由の気がみなぎる家治と田沼の時代である。幸福とは?との議論の必要性は承知しつつも、ともかく今のこの自由の気の高まりが、総量の定まっているかもしれない幸福の奪い合いを助長し、その結果として幸福の偏在を加速するのだと田沼の目には映っていた。そして彼の謙虚な無私の精神はそれをそのまま見逃すことが出来なかったのである。
(第182話の感想)
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by kpage | 2005-10-20 12:30 | ■花はさくら木の感想
2005年 10月 13日
八軒屋
a0006954_8361876.jpg八軒屋南斎さんのブログ(参照)を久しぶりに覗いたら八軒屋船着場の記事が載っていた。実は先日見学に行った大阪歴史博物館にも江戸時代に賑わった八軒屋を紹介したコーナーがあった。写真はそのディスプレイの一部だ(と云ってもこれでほとんど)。界隈は今も水都大阪の顔である。
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by kpage | 2005-10-13 10:00 | ■身近の話題
2005年 10月 13日
再会
 田沼と志津については 『もう会うことはないふたりである。』 と第115話に書かれてはいる。しかし田沼と青綺門院のことは第63話で 『おそらく、もう再びまみえることはあるまい・・』 と書かれながらも再会を果たすのである。青井と菊姫の二人についても互いにもう逢うことはないと諦めつつも結ばれる運命を辿っている。嫁ぎ先の不思議な因縁(参照1参照2)も絡んで個人的にはきっとまた田沼と志津の再会はあるものと勝手な想像をしてるのだ。
 湖賊の根城は志津の嫁ぎ先饗庭の少し南に位置するが、いずれも同じく琵琶湖に面している。この両者に何か関係でもあるのかどうかは分からない。浜街道はこの湖賊の根城と志津のいる饗庭と湖面を挟んで対岸を通る。その湖面の遥か向こうにかすむ饗庭を臨み、志津に思いを馳せる田沼の切ない姿が目に浮かぶようである。
(第175話の感想)
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by kpage | 2005-10-13 09:24 | ■花はさくら木の感想
2005年 10月 09日
難波宮跡
a0006954_8365391.jpg ここは大阪歴史博物館(参照)の床の下(地下一階)に保存されている約1350年前の難波宮遺跡である。少し分かりにくいが、円筒形に光っているのは掘立て柱を模しながら、柱穴の位置を分かりやすく示してくれているランプである。実はこの難波宮は大火のために前期と後期の二つの時代があり、その二つが重なり合って出土している。前期は掘立て柱で後期は礎石の上に柱を立てた違いがあり区別が出来るという。
 かつてここは大阪府立体育館のあった場所で、遺跡はその体育館の広い床を取っ払い発掘され、地層を時代毎にいくつも剥いで行く格好で2mくらい堀ったところに現れた。それは、目標の時代へ到達するまでに、その過程で通り抜けるいくつもの時代の跡をやむを得ず全て消し去って進んで行かなければならないことを意味するのだが、そんなジレンマも含めて時間を遡ってめくって行く面白さを自分なりに想像することが出来た。
 見学も終わり最後にガイドの方に 『発掘は体育館の屋根があるうちにやれたから現場が雨に打たれることもなくよかったでしょうね』 と言うと、『普通なら雨の日は休みになるところ、お蔭で休みなし。かえって大変だったらしいですよ』 との答えが返って来た。
 さて、建物の床下に遺跡を保存するだけなら他にも例がないわけではない。しかしここにはそのまた下に地下駐車場があると云う。はてどうやったのか。簡単な説明をチラッと聞いただけなのでよくは分かっていないが、パイプを差し入れその中の土を掘って取り除く作業を繰り返したらしい。要するにトンネルの要領だろうか。現代の土木技術にも驚くばかりだ。
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by kpage | 2005-10-09 22:37 | ■身近の話題
2005年 10月 07日
割引
 今日は映画鑑賞へ。夫婦だと片方でも50才以上の場合、それぞれが1000円で鑑賞出来る割引があるのがうれしい。60才以上だと一人でも1000円になるらしく、 『へえ~、いいなあ~』 と少し複雑な気持ちで呟くも、これからどんどん進む高齢化の波に、早晩こんな割引もやってられなくなるんじゃないかと思ったものだ。
 観たのは 『蝉しぐれ』(参照)という時代劇だが、 『雨上がる』(参照)や『壬生義士伝』(参照)など観て以来、この手の (清貧にあってこそ、なお鮮烈な武士道と云ったようなもの) 邦画が好きになった。もっとも、台詞が少なめで観ていて楽なこともある。
 さて平日の今日の客層は予想通り、我々世代以上のグループ、カップルばかりだったが、それがそれほど大きな劇場ではないにせよ、客席の7~8割方を埋める盛況ぶりでびっくりだった。シルバーマーケット恐るべしである。
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by kpage | 2005-10-07 21:29 | ■身近の話題
2005年 10月 01日
京都散策
a0006954_844281.jpg 京都市美術館別館へ 『日本・タイ国際版画展』 を見に行く。出品した作品が賞を取ったとのことで、友人 (福岡で銅版画作家として活躍、版画を通じ日韓の文化交流なども行っている) が招待券を送ってくれた。
 120人の作家の力作約350点が並ぶ様は圧巻。版画は印刷であり複製(刷りや色差しなどで随分趣が変化するが)、直筆にはない複製であるが故の魅力がある。それはクールとでも言えばいいのだろうか、カッコよくて版画が大好きである。そういうことで勢い最初から丹念に見ていくものだから、後半の足が少々つらかった。
a0006954_8441779.jpg で、そのつらい足を引きずって次に行ったのが 「花はさくら木」の舞台となっている島原は角屋と輪違屋である。いずれも屋内は見ず(輪違屋は現在も営業中であり客でなければ中を覗くことは出来ない)だったが、外側から充分風情は堪能出来た。
 帰りは角屋と道を隔てて直ぐ側を走るJR山陰本線の丹波口駅から電車に乗る。かつて菊姫が巡り巡り、終に抜け出た御土居の出入り口はこの丹波口なのか、一つ下がって東寺口なのか。車窓から間もなく見えてくる梅小路公園で、大きく左に曲がり始める列車の行く手、東寺口のあったと思われる方面を気に留めながら思いを巡らした。
 写真は京都市美術館別館の内部と角屋の外観である。角屋は思った以上に大きくて立派な建物だ。
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by kpage | 2005-10-01 21:35 | ■身近の話題


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