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2005年 07月 30日
投稿休止します
 7月31日~8月2日の3日間投稿を休止します。8月3日より再開します。
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by kpage | 2005-07-30 16:41 | ■お知らせ
2005年 07月 30日
黒猫2匹
 浜御殿の責任者を気遣う女中の”黒猫2匹”の機転は見事。それにすっと合わせる家治もさすがだが、たまたま浮き上がってきた死体を自分が見る羽目になったからといって、責任者が処分されるなど、家治にとっては馬鹿馬鹿しいことに違いない。しかし察することの出来なかった私は野暮だと、そういうことになる。
 さすがといえば北風壮次郎の動きも早かった。田沼に江戸の倉庫を踏み込まれる先に密輸の証拠をすばやく海上に隠蔽してしまった。しかし、突然の江戸為替の停止は想定の外だった。しかも江戸為替の停止は北風壮次郎が云うように現銀輸送体制の確立が先ず先決だろう。私の調べた限りでは現銀での送金は翌年からのことなのだが、江戸為替(江戸為替は諸大名用、幕府専用の公金為替とは別にあったらしいが)の停止が先行するということがありうるのだろうか、私にはこの辺りのことは難しくてよく分からない。が、大坂から江戸へは現銀が流れるのに対し、江戸から大坂へは依然為替のままだ。大坂から江戸への一方的な資金(現銀)の流れは歪(いびつ)であり、バランスを欠くシステムはいずれ破錠を招くことになる。それはそれから数年のうちにやってくるのだが、若い家治と田沼に失敗はあっても挫折はない。あるのは更なるチャレンジである。次は貨幣制度そのものに矛先を当てるのである。
(第102話の感想)
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by kpage | 2005-07-30 16:34 | ■花はさくら木の感想
2005年 07月 29日
必死の北風
 『不思議な装束ですぜ』 という船頭の言葉からすれば、浮き上がった二つの青黒い死体はおそらく北風組隊士だろう。老中そしてお庭番たちは家治の目前でのことで一瞬戸惑うが、当の家治そして田沼は知らぬ顔だ。当然仔細は承知している、そういうことなのだろう。菊姫の奪還も叶わず、田沼の打つ手に必死の防戦の北風なのか。
 船頭は 『近頃は浮き死体がやたらと多いな』 とも。これも関わりのあることなのだろうか。目に見えぬところで田沼と北風の熾烈な攻防が起こっている。
 さて、御茶屋では大奥から連れてきた黒猫二匹が見当たらぬと大騒ぎ、家治一行に茶も出せぬ有様だ。ともあれ表立っては平穏な江戸城下である。
(第101話の感想)
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by kpage | 2005-07-29 09:06 | ■花はさくら木の感想
2005年 07月 28日
江戸為替の停止
 田沼は江戸為替の停止を断行した。当時の大坂、江戸間の為替については第71話の感想で素人の私なりに調べて載せてはいるが、幕府の御金蔵方に実際に渡されるものが江戸の商家を支払人とした支払手形であったとは思いも行かなかった。幕府がこのように自分にとって何もかもが一方的に不利な仕組みを自ら許していたのは不思議な気もするが、それよりも費用が掛かりノウハウも必要である面倒な物流や事務処理は任せてしまった方が楽であったというのだろう。それが金融市場の自然な流れではあるということだろう。しかし、幕府が相場や為替による差損を常に出す一方で、鴻池ら大坂の豪商は公金をタダで運用し巨万の富を手にしているのは、もう見逃せないと田沼は断行するのである。
 サブタイトルが変り、舞台も江戸へ一旦移ったように思うが、大坂での鴻池、北風の反応はどうなのだろうか。
(第100話の感想)
 
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by kpage | 2005-07-28 11:48 | ■花はさくら木の感想
2005年 07月 27日
慰霊碑文
 昨晩、広島の原爆死没者慰霊碑が傷つけられるという事件があった。以前にもペンキがかけられるという事件があったらしい。ものの見方、考え方は人それぞれだから、それはそれとして。気に入らないからと、他人のもの、公共のものを破損させるのは戴けない。ただ、小はこのような事件だが、大は戦争であり、テロである。根は同じである。決して許されない事件だ。
 しかし、この慰霊碑に刻まれている碑文「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」自体に問題があるのは衆知のことだ。戦争の端緒がどうであれ、どちらからであれ、戦争は一旦始まれば双方が相手をどれだけ殺戮できるか、兵力、武器力の増強を競うのであって、結局違うのは終戦時の結果としての立場(勝ち、負け)である。ならば、尊い命の犠牲者に対しては等しく責任を負うべきものではないだろうか。その意味からこの碑文の主語が不明であるのは問題である。実はこの慰霊碑は広島平和記念都市建設法という法律に基づいて建てられたそうである。それからすると当然主語は日本国、若しくは日本国民ということになるのだろうか。では、原爆を実際に投下した当の米国はそれには入っていないと云うのだろうか、ということである。
 日本語は特性として主語よりも述語が重要である。機能から言えばむしろ述語と言っているものが主語であり、主語は主格というべきものだという研究者もいる。それから言えば英語などは主格と主語が同じものだからこれを絶対に外せない。例えば時刻を言うのに無理やり主語”It”を持ってこなければ文章が成り立たなくなる。そして必ず主語が先頭に来ることから他の語を強調表現しずらいなどの問題点もある。一方日本語は主語(主格)はあえて書く必要はなく省略される場合が多い。それは文章の文脈から推察出来るからで、しかも各語の配列は句読点を駆使すればかなり自由度が高い。語彙を別にしても強調表現や微妙なニュアンスの違いを出すことが自在である。
 そのような日本語ではあっても、この碑文のように主語(主格)が全く推察できない文章は文章としても成り立っていない。とは云え、批判を受けて後の論議の末、”安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから”と希求する気持ちは誰しも同じであろうという前提に立ち、主語を世界中の全人類一人一人と読む現在の大勢は、まことにずるい後出しではあるがよしとすべきか。こういうものまで中身のない箱物行政であってはならないと思う。
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by kpage | 2005-07-27 16:21 | ■思ったこと
2005年 07月 27日
本当のしのび逢い
 『菊姫は担ぎこまれて三日目の払暁、ぱちりと目を開けた』 。夢ではないのか、いきなり目の中に青井の姿が飛び込んで来た。ことの顛末を語る菊姫の 『うちはもう菊姫やない。・・・・ただの菊や』 の言葉に青井はトンと背中を押されるかのように 『お菊』、 と初めて愛しい人の名を素直な気持ちで口に言い表した。今その時の二人の間に使命の入り込む隙はなかった。菊姫はもう北風の下へ戻る気はない。青井とてもう一時(いっとき)でも菊姫を手放なせない、手放したくないと思うのだ。
 一方、菊姫の居場所をほどなく掴んだ北風壮次郎は、菊姫奪還に隊士を送り込み周りを包囲させたが、薬込み役6名の厳重な警護に阻まれて今のところ近づくことは出来ない。その間、青井は田沼に菊姫に起こったことを報告するが、田沼は 『豊家か!』 と云ったばかりで複雑な表情だった。
 そもそも家康は豊臣の血筋を絶やす事自体にはそれほど執着はしていなかったとも。秀頼とは妥協の道は充分可能であったようだが、気位の高い淀君にはそれが許せなかった。秀頼がこの時もう少し歳を重ねていて淀君をある程度御することが出来たならば、一大名として豊臣の血筋も後まで続いたかもしれない。しかし実際は、秀吉直系の系譜は大坂夏の陣のあと、淀君、秀頼の自害で途絶えたはずである。が、淀君の子の末裔では確かに豊家ではある。しかも信長までさかのぼれる驚嘆すべき系譜である。田沼の反応も無理はない。
 そのような中、田沼は江戸からの家重の容態の急変の知らせに急ぎ江戸へ下る。その田沼を一定の距離を保ち追う立花がいた。
(第99話の感想)
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by kpage | 2005-07-27 12:49 | ■花はさくら木の感想
2005年 07月 26日
琅かんの謎
 青井は田沼へ今菊姫が自分の下にいることの顛末を報告し、更に田沼に 『美しい』 と一言うならせた琅かんの謎についても報告をした。
 琅かんの文字が消え、透明感が増したことについては第94話の感想の中で私なりの推察をしてみた。ただこの第98話においても あくまで 『李明俊と彫られていた』 とあるので、書かれていたのではなく、やはり彫られていたのだろう。と、すれば、琅かんの表面に文字を彫れる程度の何らかの薄い膜を形成し、そこに文字を彫り込む。その後は、やはりその薄い膜は御土居のトンネルを巡り巡る菊姫の揺れる金襴の巾着の中で柔らかなビロードによって美しく磨かれ消失したのか、若しくは少し飛躍かもしれないが、その膜はある一定の期間を経過すると跡形もなく昇華してしまう物質であった・・、か。
 話をさかのぼり菊姫が金世文に会い、琅かんを見せる第76話をよく見ると 『・・菊姫のもとに置かれて以来、その透明度にますますみがきがかかって、美しさを増してゆくようにみえる』 とある。そのときにはまだ文字は確かにあったが、その兆候らしきものが今にしてみれば読み取れる。
 しかし、本当の琅かんの謎は何ゆえ文字が消えるように仕組まれていたのか、そして文字の消えた琅かんのこれからの役割と力とは一体何であるのか、かもしれない。
 田沼は菊姫を残してきた青井の気が気ではない心中を察し 『早く帰ってやれ』 と命じた。そして、始め自分の女については 『何もしゃべらぬぞ』 と言った田沼が、なぜか自分から女の素性の一端を青井に吐露する。なにやら深い事情でもあるのか。恋と使命の狭間に苦悩する青井の心中に、ふと自分の心中と重なり合う部分を感じたのかもしれない。そしてそれはおそらく、田沼にとっての青井は配下とはいえ気の許せる数少ない人物であったということなのだろう。
(第98話の感想)
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by kpage | 2005-07-26 10:31 | ■花はさくら木の感想
2005年 07月 25日
讃嘆の声
 女の存在を青井に知られた田沼は特に悪びれる訳でもなく明るく青井に応じた。只々一途で真剣ないかにも若い青井の恋と、田沼の女との別れ際のあの淡々と落ち着いた風情とを比べると、恋においてもなかなか田沼には頭の上がらぬ青井であった。その屈託のない田沼に妙に感心する青井は、恋と使命を両立させよとは・・、確かに田沼ならば自然な発想だ、そう思ったことだろう。
 とは云え、座敷に上がるや自ら灯りを点じ、茶を青井に淹れたのは、さすがの田沼も多少とも気の引ける思いがあったのか。しかし、それ以上に職務にあっては厳しくも青井の才を買い、職務を離れては親身を持って青井に接する、田沼なりの優しさだったのかもしれない。
 青井が袂から琅かんを差し出すと田沼も思わず讃嘆の声をあげた。持ち運ばれるたびに更に磨かれ輝きを増す琅かんがそこにあった。
(第97話の感想)
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by kpage | 2005-07-25 12:01 | ■花はさくら木の感想
2005年 07月 24日
伝統の意匠 「雷文」
a0006954_12562613.gif 雷の文様はもっと分かり易いギザギザの稲光や雷雲との組み合わせもある。こういう四角い渦を巻いたような文様は日本だけでなく中国などでも使用されているが、中国ではこの雷文二つを繋げて一組にして使用するのが一般的。ラーメンをはじめ中華料理用の器の縁取りなどでおなじみだ。
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by kpage | 2005-07-24 12:57 | ■伝統の意匠
2005年 07月 24日
時代の息吹
 見たこともない幽霊の写実、写生という表現はおかしなものだが、そこまで写実を極めるという「清明上河図」の渡来の話題は、いつしか、それを断行した(本当にしたかどうかは?)近頃の幕府の変化、特にその中心的役割を担うべく頭角を現してきた田沼(第45~47話の感想参照)のことへ移っていった。昨日の記事では不夜庵らの年齢を記してみたが、田沼は41歳、将軍家治にいたっては24歳の若さである。多少の荒削りのところはあっても、思ったことは直ぐやってみる実行力と、駄目と分かれば直ぐに手を引き、次の手を考える、様々な試行錯誤の時代であった。
 その前後の時代はと云えば、それぞれに有名な改革は講じられてはいる。八代将軍吉宗、及び、十一代将軍家斉の元での松平定信に拠る手堅い治世の時代はある。しかし、その後の幕府はあの幕末へ照準を合わせたごとく弱体化していくのである。対比して考えると、その間に挟まれた若く活力に溢れた家治・田沼の時代が更に輝きを増してくるような気がする。
 特に次代将軍の家斉が僅か14歳で将軍職に付き、以後50年に渡り自身は散財するばかりでこれという実績もなかったことを思えば、50歳の若さで他界した家治が、もう少し延命しておれば、その後の日本の行く末も随分変っていただろうと思われる。家治の死については田沼が毒を盛ったなどという説もあるが、父親の代から、家重、家治親子に重用されて来た田沼がそのようなことをしても何も得はないのであって、事実、家治の死後直ぐに田沼は老中職を解任されている。家治あっての田沼であった。田沼の存在を疎ましく思う勢力の何らかの策謀とも言われている。いずれにしても、円山主水にせよ、大雅堂にせよ、蕪村にせよ、そんな時代の若い息吹を敏感に感じ取り、それぞれにその才能を開花させるのである。
(第96話の感想)
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by kpage | 2005-07-24 11:43 | ■花はさくら木の感想