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2005年 05月 31日
投稿休止のお知らせ
6月1日~3日までの3日間、私事都合により新規投稿を休ませていただきます。4日からまたよろしくお願いいたします。
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by kpage | 2005-05-31 18:51 | ■お知らせ
2005年 05月 31日
修正しています
本日の感想のタイトルと文章若干変更しています。読んでみてどこが?という程度ですが。
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by kpage | 2005-05-31 16:54 | ■お知らせ
2005年 05月 31日
青井三保、次の一歩は
有頂天の菊姫ではあったが、一度据えられた肝は一つ二つどころではなく、もう一つくらいはあったようだ。慕っても慕いきれぬほど思いつめていた青井のやっと開かれた目を正に今、目の当たりにするに及んでも、それは冷静に青井という若武者を見抜いていた。あの巨椋池で救い上げられた時には気付きようもなかったが、青井の想像もつかぬ強い気とひしひしと伝わる緊迫感を感じとった時、さすがの菊姫もその正体のありかにさぞ当惑したことだろう。が、そういう人物であるが故に真実しか効力を持たないであろうことを、その時彼女ははっきりと知ったのだ。
青井の問いに菊姫は隠さず応じた「私の隣におられるのは、前の天皇、桜町さまの第二皇女、智子内親王さまです」。そう言い終わると菊姫の気持ちは一気に軽くなった。自分はこの先何があってもこの人についていくのだ、『天にも昇る気持ち』の菊姫だった。青井に下っている使命などこれぽっちも知らぬ菊姫である。無理からぬことではあった。あとの気がかりといえば智子を無事御所へ返すことではあったが、そんな心配は一切払拭させるほど青井に信頼を寄せる菊姫であった。
さて結局、今回の展開もその意外さに驚き、動転するのは、またしても青井三保の役回りとなってしまった。そして、相変わらず泰然と優しいまなざしで二人をみつめる内親王智子がいた。
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by kpage | 2005-05-31 11:49 | ■花はさくら木の感想
2005年 05月 30日
固くて噛めねえ・・が。
朝日新聞朝刊の紙上特別講義、今回は内田樹(うちだ・たつる)神戸女学院大文学部教授だ。大学で学ぶとはどういうことなのか、では逆に大学で学べないことはどういうことなのか、というようなテーマである。実は記事は切り抜きファイルだけして、「花はさくら木の感想」を午前中に仕上げたく優先したので読んだのは夕食後になってしまったが、読んでいて、ああ、これがあれのことかと思った。これがあれとは、以下のことである。
今日も午後はいつものウォーキング。途中休憩に書店を覗いたのだが、一昨日チラッと覗いた棚の隣が哲学書のコーナーで、こんな縁でもない限りは普通は素通りコーナーである。しかし、今日はちょっと足を止めてみた。足元から頭の上の位の高さまである棚のちょうど目の高さにある本は間違いなく哲学書だ。しかし本の書名までは記憶にないが、いずれも、これ一冊に著名な哲学者の著作のエッセンスが詰め込まれているとか、いまさら聞けない~式の本、更に全ページ漫画解説の本もあったりで、本来の専門書は、見づらい、触りづらい、買いづらい、と小売業の売るための鉄則3か条をひっくり返したような位置である。遠い昔、習ったことあるけど、何のことだたっけ、とか、仕事に追われるだけの毎日だけど、こんなのでいいのかな、とか、雰囲気的には初心者向けというよりは人生少し時間にゆとりが、精神的にゆとりが、お金は分からないけど、そんな人たちがターゲットであろうか。因みに、今書店の一等地に高齢者向けの脳力の維持強化を謳った各種の実践的な本が所狭しと並んでいる。中には小学生の算数ドリルじゃないのかな?というのさえある。
さて、話を戻すが、内田先生は「学ぶ」とは、たとえて言うなら『小骨が喉に刺さった状態が続くことです』 と言う。『分からない、だから、分かりたい。この思いがどこかに引っかかっていると、人間は無意識のうちに「分かる」ために役立ちそうな情報に反応し、集めるようになります。ちょうど、小骨を溶かす唾液の”強度”が上がって行くみたいな感じ』だという。知的にもやわらかいものばかり食べていると、これらを飲み下し、消化する能力を十分獲得できなくなる。少し固かったり、小骨の多い魚が出てくるとお手上げになってしまう。学問もそのようなものなのだ。
そして、もう一度あの哲学書コーナーを思い出してみた。あの、見やすい、触りやすい、買いやすい棚にある本を手に取ってみる人たちはどんな人たちだろうと。勉学意欲に満ちた人たちであることは間違いない。自分も含めて学生時代を思うと小骨、大骨があったり、どこかの勝栗みたいに固くて噛めねえ、の類はそこそこにして、プリンのごとくやわらかいぺらのプリント1枚程度でよしとした、そんな人たちが回帰してきている。そんな気がする。学問の学問たる部分はどこかに固い、刺さる部分がある。それをクリアーする能力を手に入れる。それが内田先生のいわれる「学ぶ」らしい。しかも、それは大学で獲得するものではなく『卒業後も、学生が自分自身で作り上げていくものなんです』という。学び始めるのに年齢は関係ない。よし、少~しだけ固いくらいで頑張ってみよう。そう思った。
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by kpage | 2005-05-30 23:44 | ■紙上講義感想
2005年 05月 30日
懐剣(かいけん)
菊姫は自分をにこやかに見つめる智子を『こんな恐ろしい場所にいても何て鷹揚なこと!』と賛嘆したとある。まあ、それも無理からぬことではある。北風の中でも手だれの2人をいとも簡単におとなしくさせてしまった一味の真っ只中に居るのであって、智子はたまたまその状況を云わば自ら作った張本人であるだけなのだ。が、そういう菊姫も年頃の娘としてはかなりの豪胆の持ち主である。
かつて、ひいな遊びの折、智子の母が持ち出して来た古い一対の立ち雛があった。この立ち雛はそもそも智子の叔母が彼女の父(中御門天皇)からもらったものだが、ひな壇に並べた途端、声を忍んで笑い出したという。叔母はたいそう気味悪がって院御所へ返しお祓いをしてもらった。そういう代物であったのだが、智子の母も母でそういう話が好きだとその立ち雛を譲り受けたという。そこへ、今度は菊姫がいやにその話に興味を示し、もう笑わなくなったというその立ち雛を、彼女は嬉しそうに譲り受けるということがあったのだ。この母にしてこの娘あり、この娘にしてこの親友菊姫ありである。よって智子の余裕とは裏腹に事情を全く承知しない菊姫は懐剣でいざという時は自害も辞さぬ肝の一つ二つは据えていただろう。今でこそ花嫁衣装の飾りの一部でしかない懐剣であるが、かつてはこれを身に帯び身構えるのは、自身のみならず、子、夫の命を、そして場合によっては自らの貞操を守る重大な場面であった。
しかし、茶道口に青井三保の姿を認めた瞬間、菊姫はそれまでの事を一瞬に忘れてしまった。たとえようのない驚きのあと、彼女はただじっと青井を見つめ続けるのだった。智子からつい今し方いわれたようにこのまま自分の人生がまた変っていくかも知れぬ、そういう思いも上の空の菊姫であった。
青井はここで初めて智子が今回のことが自分の菊姫愛しさゆえの誘拐劇だとの思いを知り、びっくりしつつも、何も言わず、じっと目を閉じた。こんな好いた惚れたに持てるすべての力を注いでいる。なんと、うらやましい境遇なのだろう。そう青井は思ったのだろうか。それともそこまで智子にしてもらえる菊姫がなんともうらやましかったのだろうか。『うらやましいな・・・』と声もなく呟くのである。淡い何かを心に感じつつも、しくじりの決着に次第に気持ちを集中させていく青井三保であった。
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by kpage | 2005-05-30 11:20 | ■花はさくら木の感想
2005年 05月 29日
原爆投下60年
既に終了したものだが・・。米ニューヨークの国連本部で開かれた初の「原爆展」の事である。核不拡散条約(NPT)再検討会議にあわせて開催された。一般の人が米国内で広島や長崎の被爆について、生の情報を見聞きする機会は今ままでほとんどなかったと思われる。その意味では画期的だったといえる。
写真のパネルや焼け焦げた学生服、溶けたステンドクラスなどを目の当たりにする見学者は一様に「こんなに悲惨だったとは・・・・」 と、その悲惨さに言葉を失う。ただ、大方の来館者は観光客という。観光客が悪いという事ではなく、地元でどのくらいのアピールがされた(もしくはすることが出来た)かが問題ではないだろうか。実はこの「原爆展 ノーモア ヒロシマ、ナガサキ」の主催者は日本原水爆被害者団体協議会といい、1956年8月10日に結成された各都道府県にある被爆者の団体の協議会で、被爆者の唯一の全国組織らしい。かなりの苦労を重ねられての開催だったらしい。決して日本国政府だったわけではない。町村外相もチラッと姿を会場に見せたらしいが5分ほどで立ち去ったとも。なぜか冷たい日本政府である。
「終戦を早め、米兵だけでなく、日本人の命も救った」が米国の主張である。思うに、広島に原爆が落とされてから長崎にまた落とされたのは僅か3日後である。当時の日本政府も愚かだったとはいえ、日本政府がこのことの重大さを認識し、降伏を決断するまでに、3日間すら待たなかった米国の事情とは一体なんだったのか。
つい先日のテレビ番組でベトナム戦争後の米軍がばらまいた枯葉剤の2世、3世までの影響のことが放映されていた。この枯葉剤も実は開発当初の投下(散布)目標は日本だったらしい。原爆がたまたま早く出来たに過ぎない。そして、次が劣化ウラン弾である・・・。
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by kpage | 2005-05-29 23:03 | ■思ったこと
2005年 05月 29日
かぐわしき冷気
洛北の山間の闇に潜むようにその別荘はあった。不慮の事態に備え懐剣をしっかと忍ばせる若干緊張気味の菊姫であった。とはいえ呼び出しの主は、もう会うことも儘ならぬと心を固めたあの智子である。その不安と期待とが、駕籠の揺れに同期するかのように菊姫の頭の中を交互に行っては帰り、行っては帰りを繰り返していた。が、目的地に近づくにつれ、なぜか期待の行き来が頻度を増していくのを既に菊姫は感じていただろう。駕籠から降ろされほっと一息大きく息を吸い込んだが、重く苦しいはずの漆黒の冷気が、なぜか甘くかぐわしい・・切なさまでとはいわぬまでも、乙女の潜在意識の鋭い部分は何かをもう嗅ぎ取っていたのだ。
一方、青井三保の企てが愛しの菊姫奪取にあると微塵の疑いも持たぬ智子は、菊姫の到着が近づくのに呼応するかのように、内親王から乙女へとまた変化して行くのであった。その意味では、彼女は確かに女王智子ではあったが、反面まことに純真無垢な不思議な娘だったといえよう。
再会を喜び合う二人ではあったが、菊姫が、実は智子が自分とまちがってかどわかされたと聞いて驚き、『一味の首領が誰だか知ったら、あなた、気を失うわよ。うれしくて・・・』と聞き当惑するのを、智子はまるで今時の女子高生のようないたずらっぽい、うれしそうな顔で見つめていたに違いない。
しかし、本来のかどわかしの真の目的は政略的なもの、しかも立花と呼ばれる北風の手の者に居所を知られてしまったことで物語は3人にどう展開するのか。その舞台も段々と大きくなっていくのであった。
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by kpage | 2005-05-29 11:29 | ■花はさくら木の感想
2005年 05月 28日
ウォーキングの合間に真理が見えた
診察の後、そのままウォーキングへ。そして時々途中で若干の休憩にと書店を覗く。といってもだいたい15分くらい。今日もサーッと見渡してなんか面白そうな本はと見ていたら、『論理サバイバル―議論力を鍛える108問』 三浦 俊彦 (著)というのが目に入った。よく似たタイトルと装丁で3種類並んでいて(どれも表紙を前に向けて各3冊くらい並べている)目に付いたのだ。中をぺらっと見てみた。中途半端な私の理性をなんとなく刺激するのだが、ともかく私は買おうとは思わなかった。でも、私が知らないだけで世間では結構話題になっているのかも知れないな。などと思い、ページをめくった。ウォーミングアップとしてこんな問題が先ず出ていた『1+1=2である理由を20文字以内で答えよ』だったかな・・。解答は「1+1を2と決めているから」だったかな・・(もっと詳しい字数制限なしの解答ももちろん書いてあって、それを読まないと解答の真意が分かりづらいが、ここでは割愛する)。要するに世の中の真理は経験的に分かっている真理と、人がこうだと規定して決まる真理の2種あるという。この場合の解答は後者に当たることになる。だから何んなのかはその後に沢山書いてあるに違いない。
先日「光格子時計」の記事を載せたが、その中で、重力定数だの光の速度だの本当はどうだか分からないものを都合よく人間がこの数値だと決め打ちした真理もこの説で言えば、立派な真理であるのだ。ま、これは物理学の世界であるからまだしも、相手が人間や社会となるとなかなか一筋縄ではいかないなと思いつつ本を閉じ、またウォーキングが始まるのであった。
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by kpage | 2005-05-28 21:54 | ■身近の話題
2005年 05月 28日
やっぱりウォーキングか
左わき腹あたりに変な痛みが1週間ほど続くので、今日は病院でエコーをかけて調べてもらうことになっていた。普段から何かと面倒を見てもらっている文字通り主治医の医院である。が、個人の医院なので色々設備は揃ってはいるが、ないのもちゃんとあるぞ!、とそういう医院なのだ。月に2~3回本来は休みの土曜日に出前で専門家先生と機械がやってくる。
その先生もいい体格の気さくな方で診察とはいえ3人で和気あいあいと診察は進むのだが、突然「胆嚢にちっちゃいけどポリープありますねえ・・」などと気さくとはいえ、初めて聞く人だったらビックリだろなと思うことをスパッという。もっとも私は過去2回人間ドックで違う病院だが、同様の検査はしていて知っていたので「そうでしょう、1mm、2mmのが3つほどあるんですよ。ハハハ・・・」「そう、このくらいはね・・・」などとその後も、「ここはああだこうだ」、と画面を見ながら賑やかに進んでいく。
ただ肝心の痛い部分にはこれというものが見当たらない。腎臓やその他結石などもなく、「エコーで見た限りでは問題ないんだけれど」、「ただ、痛いといっている部分の真下は、大腸がぐっと下へ折れている部分でガスがたまり易くて、それが原因じゃないかなあ」、「痛みは少し治まってるし、様子見ということですかねえ」というと「そうだな・・それよりウォーキング、ウォーキング」。この先生ウォーキングが好きなのだ。まあ、以前ほどではないが、パソコンの前で同じ体勢を取り続けることはやはり多いので、お腹も上下左右動かしてやらねばと、やはり運動は必要だなと痛感の診察だった。
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by kpage | 2005-05-28 20:58 | ■身近の話題
2005年 05月 28日
恋のキューピット
琅かんに添えて小匣(こばこ)にしたためられてあった書き付けの内容を智子も青井と共に読んだとの記述はない。いずれにしてもこの時点での智子は既に一人の乙女から明らかに内親王智子へ戻っていた。もしも乙女心の少しを敢えて残しているならば、それは菊姫への友情であっただろう。というより、それが故の智子のこれからの言動と思わざるをえない。
青井は青井でこれから取るべき行動が方向的には本来の目的に沿ったものでなければならぬことは十分承知の上だった。しかし自分の慕う菊姫に降りかかる事態に、「菊姫を朝鮮王子に娶られせるごとき企ては、これを看過しては武士の名折れだ」と呟く隠密青井三保と、もう一人、青年青井三保が本人も聞きもらしそうな小さい声だが、しかしはっきりと言ったように私は思った。「男の名折れだ」。
智子はそういう青井の胸中をどれほど見抜いていたのかは知らぬが、今自分が内親王であるということを明かす事が菊姫の慕う青井に、ひいては菊姫との仲にいい影響を与える事にはならない。智子はその時そう踏んだに違いない。ここで智子は全く乙女であることを止めた。だから、『恋をしないと決めたのだから、私には二人の恋をたすける力がある』と言い切ったのだ。
その頃、北風組は上を下への大騒動であった。そこへ桔梗屋からの使いがやってきて、菊姫本人を呼び出し、智子がしたためた文と智子本人からであることの証明である黄金(こがね)の面ぎぬ(かおぎぬ)を手渡した。
『今から彼女をここに呼べばいい』と当たり前のように言い放ち、この混迷する状況をいつの間にか青井に取って代り打開していこうとする自信に満ちた智子に、この娘、本当にただ者ではないぞ、と少し首筋の寒くなる思いの青井三保ではなかったろうか。
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by kpage | 2005-05-28 13:08 | ■花はさくら木の感想