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2005年 04月 30日
無視してもらって全く問題ないですが
投稿した後1~2日は文章を修正をしたり追加をしたりすることがある。こまかい事で内容ががらりと変わることは決してありえないが、折角時間を作って読んでもらった方には大変申し訳ない気がする。私なりの姑息なこだわりであるが、時々読み返してくれる方がいたらもう至上の喜びである。
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by kpage | 2005-04-30 23:28 | ■お知らせ | Comments(0)
2005年 04月 30日
連載小説の魅力
新聞の連載小説の醍醐味の一端が分かったような気がする。先ず、当然ながら次話以降の話の展開が全く分からない、自分の想像力以上には。もう一つは毎日起こる色々な事件と同列に掲載されるがゆえ、以外に現実味を感じる。「花はさくら木」今日で第14話を数える。飽きっぽい私にしては続いてるなと自分を誉めている。でも、「花はさくら木、人は武士」ってなんか潔くっていいことばだなと思う。私の思う武士とは、このブログの随分前に武士道の事で触れさせてもらったことがあるが、「家族を思いやり、穏やかで、清貧に生き、いざという時のことを思い、常に自己を磨く道徳心あふるる人たち」だと思っている。決してやたら刀(今風に言えば権力、金かな)を振り回す輩とは相反する存在だろう。実態は武士でも農民でも商人でも同じだと思う。私などまだまだ足元にもおよばないがそうありたいと思っている。
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by kpage | 2005-04-30 20:35 | ■花はさくら木の感想 | Comments(0)
2005年 04月 30日
ある人物
青井三保を京へ使わした幕府中枢の人物が今は誰だかは分からない。だが人間性までは分からぬにせよ、非常な先見の明を持ち、相当な豪胆の持ち主である事は分かる。ご存知先々代吉宗公も名高い改革者ではあったが幕府の財政の建て直しは容易ではなかった。既に経済の根本が米から金へ移行し始めていたのだ。当時大坂は日本のあらゆる物資の7割を、しかもそのうちの8割を鴻池が握っていたらしい。
老中たちにこんなことを話しても無駄さと、彼は若い青井三保こう続ける。
『さて、そこでだ。それがしは鴻池と組もうと思う。鴻池と組んで、大坂に強力な中央銀行をつくる。幕府が銀行をつくっておかしいだろうか。・・・』と。う~ん、今日この頃の話かと私は目を疑った。
どこまでが史実に基づくのか空想なのかは分からないが、政治の世界は何時の世も変化を拒み権益を守ろうとするものと、それを打ち壊し新しいより良い仕組みに改革していこうとするものとのせめぎあいである。
私は長年イズミヤという中堅流通業界に身を置いていた。創業者和田源三郎氏が社の信条と定めた一文「創業者の言葉」というものがある。同社ホームページ上でも閲覧できる状態なので紹介するが、
『商売の起源は物と物との交換よりはじまり、売り手も買い手も満足しあったのがその起こりで、利益のため商売するのは本筋ではありません。イズミヤはお客様より満足して頂く事を唯一の使命と心得て、常に品質に、値段に、お客様の身になって研究努力せねばなりません。・・・』と。
奇しくも、青井三保のこの上役は彼を京へ使わす前にこう言った。
『富というものは、米でも金銀・財宝でもなく、暮らしに必要なものと暮らしに便利なものの豊富さののことだ。それを作り出すのもには何か。農民と商人の年々の労働だ。貴いのは人間の労苦と骨折りである。武士も例外ではない。』と。
要は、庶民の暮らしに必要なものと、暮らしに便利なものの豊富さを作り出す為に、皆が自分の置かれているどんな立場でもいい、自分なりにそのためにどう不断の努力をしているのかということである。わが身のみの利益を守ろうとするところにおかしなことが起こる。現代でも同じである。農民の労働に胡坐をかく武家社会の改革はこれからどう進んでいくのか。一方で気になる「忍ぶ恋」の行方は。
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by kpage | 2005-04-30 14:32 | ■花はさくら木の感想 | Comments(0)
2005年 04月 30日
”新”国立国際美術館
国立国際美術館が大阪市のど真ん中、中之島に大阪万博記念公園から越してきたのは昨年の11月。展示室の全てが地下にというのも珍しい。気温の変化が少なく省エネ効果もあるのか。まさか核攻撃までは想定外だろう。この移転にどれほどの税金が投じられたのかは知らない。今、全国の美術館や博物館の多くは入館者の減少で経営危機に晒されている。なかには立派なところもある。建設前から立地や構造も周到に計画され、企画も懸命にひねり入館者を増やす地道な努力を惜しまない。そのための維持管理に多少の血税の投入も必要であるが、利用者としての市民が暖かい目で見てくれるという優れた美術館を持つ地方都市もある。が、それは本当に例外である。
ここはどうだろう。立地と設備に胡坐をかいていては・・・新館長の腕の見せ所である。
かく言う私もいろいろ見知っている訳ではないが、因みに今国内で一番行ってみたい美術館の1つは「ベネッセアートサイト直島」である(まさかなくなってないよね)。瀬戸内海に浮かぶ小島全体が美術館みたいな趣を感じる。出来ればのんびり散策する機会が出来ればと思う。夏は暑いだろうな、秋かななどと思っている。
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by kpage | 2005-04-30 01:22 | ■身近の話題 | Comments(0)
2005年 04月 29日
それでも草履は快適
不思議な洋装束を血が付かぬよう注意深く脱がせ、うまく飛脚に成りすました青井三保は対馬藩京屋敷客館に滞在する朝参判使と言うものに密書と前回紹介したあるものが収められた小匣(こばこ)を手渡した。そして、彼はその足で江戸に下るのである。
青井は皮の長靴を脱がせるのも自分の足をまた入れるのにも随分てこずったとある。そしてもと来た道を駆けもどるのだが、その長靴を履くと、雪道を普段の倍の速さで飛ぶように走れたのがそれが非常に不思議であったとある。
私は以前から疑問に思っていた事がある。古来武士が戦時身につけてきた甲冑の類である(類といったのは兜やらなにやら何と呼んでいいのか分からぬ部品が沢山付随しいてよく分からぬからであるが・・)。頭の上の兜からずっと下へ目線を下ろすと肩や胸や腹や足、手の甲、足の甲などを刃や矢、果ては銃弾から守るための装備が見て取れるのだが、足のとどのつまりはどう見ても足袋であり、草鞋である。戦時でこれである。普段位の高い武家がいでたちをいくら正装しようと、頭の先からつま先まではいい。外出するには結局草履(下駄や藁で編んだ長靴のようなものがないわけではなかったろうが)である。
最近SAMURAIをテーマにした映画が流行った。上半身は日欧どちらも威風堂々。しかし足元を見ると、草鞋は見慣れて違和感は全く感じないが、お世辞を足しても、少し貧弱じゃないのかな・・と。私はというか読者の多くも草鞋などを実際に履いたことはほとんどないだろう。ほんの幼い頃履かせてもらったような記憶がかすかにあるにはある。自分で簡単に作れ、材料はただみたいな稲ワラだ。何足持って歩いても重たくもない。ただ、濡れるし、無用な怪我をしやすい、そう思うが、この日本の風土では至極快適便利。やはりこれが日本の伝統を作った文字通りの足元だったんだろうなと思う。
それにしても、かの青井三保は靴の威力に腰を抜かすほど驚いたに違いない。
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by kpage | 2005-04-29 16:53 | ■花はさくら木の感想 | Comments(0)
2005年 04月 28日
韓国の人気歌手TV司会降板
と、いう見逃してしまいそうな小さなコラムが載っていた。韓国の国民的歌手という趙英男氏だが、申し訳ないが私はこれまでまったく存じていなかった。こういう方が韓国にも居られるんだなと思ったのである。ことの経緯はよくは知らないけれど、韓国内(中国もそうだろう)の多くの人たちには小泉首相の靖国参拝については日本人にはうかがい知れないほどの嫌悪感、拒否感があるのは確かである。今回ご本人は靖国神社へ行っただけ。つまり、どのようなところなのか見ただけで、参拝したわけではない。それでも、世論は猛反発にいたったようだ。
朝鮮日報japanesなども参考にしながら私たちもよくよく考えないといけないなと思う。知らないことだらけだなと改めて思った。
そもそもの記事はここです。
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by kpage | 2005-04-28 20:31 | ■近隣諸国とのこと | Comments(0)
2005年 04月 28日
昔に学ぶ事も
この頃急速に、日中、日韓関係が険悪になり、盛んに紙面を賑わせている。さすがのヨン様も対応に苦慮している様子が見て取れる。北方4島についても同等に厄介なのだが前者ほど国民レベルで互いに感情的になるほどでもなく、しかし膠着したままでどうしたものかと政府は頭を悩ませている状態である。
若狭路を駆け抜け京までやってきた洋装束の飛脚は、実はお隣朝鮮から京の朝鮮の出先屋敷に使わされたものであった。現在でも万景峰号など北朝鮮からの船舶は当然といえば当然ながら日本海側の港へ寄港する。当時でもそれが主流だったかもしれない。が、きちんとした使者ならば堂々瀬戸内海を渡って来たとも記されている。
なぜ、徳川も10代目家治の頃に京に朝鮮の出先なるものがあったのか。驚いた事に実は幕府も釜山に同様の出先を持っていたというのである。例によって引用させてもらうと、
『秀吉の朝鮮出兵で破壊された日朝関係を修復するため、家康の命をうけて、困難な交渉の重責を果たしたのが宗家対馬藩だった。釜山には対馬藩の出先機関、和館がおかれ、常時400人から500人の藩士、商人が常駐して、対朝鮮外交・通商交渉にあたってきた。』とある。
若武者、青井はかの鞄にしたためてあった書面を読み、これまでと少し違う動きを感じるのだが、他にもう一件、このシリーズの最初の方でも触れたが「忍ぶ恋」「忍んでいく恋」に絡んでいきそうなあるものが大切にしたためられてあった。
さて、ここで問題は秀吉の朝鮮出兵なのだが、1回目が1592年、2回目が1597年、翌年には秀吉自身が死去し、出兵は中止されるのだが撤兵には随分苦労をしたらしい。今この小説の舞台の年代は1761年である。最後の朝鮮出兵から数えて164年が経つ。メディアが現代ほどの発達を遂げていない頃の164年である。今、日韓で争点となっている韓国併合(竹島などほかにもありますが)は1910年から1945年に大日本帝国が太平洋戦争に敗戦するまでの35年間である。今年で韓国併合から95年。終戦からは僅か60年である。決して忘れてしまっていいほどの昔の事ではない。起こってしまった事は仕方がない。歴史は戻せない。だから、人間は反省もすればより良い未来を希求し努力する。先ず、真実の掘り起しが先決であるが、当時を実体験した世代はもちろん、直接は知らない世代ももう少し真剣に、謙虚に考えてみるべきではなかろうか。
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by kpage | 2005-04-28 10:35 | ■花はさくら木の感想 | Comments(0)
2005年 04月 27日
命は誰の為に
2~3回分も読めば飽きてしまうだろうと思っていたが、もう11回分も読んでしまった。でもそろそろかな。
さて、当時日本ではあまり見かけないであろう洋装束の男の素性も、危うくもこの男を切った若い武士の素性も、いずれもまだ定かでない。が、この若武者は人を切ったのはこれが初めてだった。小説の筋書をここでは紹介するつもりは毛頭ないので興味をもたれた方はどうぞ朝日新聞の朝刊を買い求めて欲しい。武士は人を切ることが専門職(と私は勝手に思い込んでいる)で常にその覚悟と技量を確固とする為の精進を日夜積んでいるものと私は心得ていたが、初めて人を切ったこの若武者の心中の吐露にはっとするものがある。
少し引用させてもらうと、『おれは人殺しだ。その考えが若者の心臓の上に重くのしかかる。唇は苦い微笑でひきつっていた、主君の為、王座のきざはしで命を捨てることは武士の定めと心得ていても、人の命を奪うことはまた別である。ふたつのあいだには、頭が焼き切れるほど考えてもこえることのできない深淵がよこたわっていた』のである。
自分の存命の為とはいえ他人を殺めた彼の苦悩がひしひしと伝わってくる。正当防衛なら人を殺しても良いなどと決めたのは人間のエゴ以外の何ものでもない。死刑も同じようなもの。実に勝手な話だと私は思う。多分、必要悪なんだよと言われる方々は多いと思う。
この世ではわが身を投じてわが子を守る母の愛が、「最上の愛は人のために命を捨てること」を自ら十字架に架かり私たちにそれを示してくれたイエスキリストの愛に、一番近いものだろう。無償の愛を論じているのではない。上手く説明できないが、要は自分は何の為に生きているのかということだ。
「俺は命を誰のために?」、「お前は命を誰のために?」イラクでもパレスチナでもどこでもよい、対峙する二人の兵士が共に脳裏に何度もそう自問しているに違いない。今、この瞬間にも。そして、いずれかの兵士が、あの若武者のように乾いた唇にひきつる苦い微笑を感じるに違いないのだ。人は弱い、だから慣れる。それが怖いのだ。
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by kpage | 2005-04-27 10:37 | ■花はさくら木の感想 | Comments(0)
2005年 04月 26日
忍び剣
怪しいいでたちの飛脚は雪降る京の深夜、見回りのものか、若武者に殺された。飛脚も怪しい短剣。武士も短い忍び剣。いづれもただものではない。果たして鞄の中身は?
一歩で死闘も何も庶民は知らず、昨晩は、まあよう雪が降ったわい、などと呑気なことを言うのだろう。傍らでは死ぬ死なぬの壮絶なドラマがあっても、わが身に降りかからねば庶民は平和である。いずこでも、いつの世も。
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by kpage | 2005-04-26 09:23 | ■花はさくら木の感想 | Comments(0)
2005年 04月 25日
ART-Meter
ART-Meterというものがある。つい先日結構長い(4~5ヶ月)準備期間を経て開設された云わばARTが好きで自分でも制作してる。でも、見てもらえる場もなければ、買ってもらえる場なんてとんでもないという人たちのためのネットだ。もちろん、そこそこの値段で感じのいい本物のARTが手に入れば買う側にもメリットが。そんなコンセプトで出来たものだ。ART-Meterま、見るのはダダだし。面白いのはいろいろ規定はあるものの、普通の紙に描いた作品は1平方センチが3円から。安いのか。高いのか。今のところ私の好みのものがあるにはあるが、買おうとまではまだもう少しの感がする。基本は一点もので、例えば、私のもう一つのサイトK-gallery,に書道作品を載せているがあの書道半紙の大きさで792円(送料は別で700円くらいかな)。さてあの私の作品を買おうかという人はいるだろうか(ネットに掲載してる手前、若干の画像処理はしてるが)。でも面白い企画だと思う。レベルも多分だんだん上がっていく。当然購入しようとする人も増えてくる。更にレベルが上がりよいものは単価も上がっていくが、買いたい人も増えるだろう。どこの世界も需要と供給の関係だろう。制作者、購入者、どちらも切磋琢磨だ。そう思って期待している。
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by kpage | 2005-04-25 22:38 | ■アート | Comments(0)