Top
2006年 05月 02日
 本日の天声人語が水俣病の慰霊碑文について 『広島の原爆慰霊碑の言葉を連想させる』 と書いている。さらに悲劇という言葉には 『為政者の側が発する言葉としては違和感がある』 と書いているが、その通りである。
 相変わらずの主語、主格の不明確さも、多分故意によるものだろう。しかも広島では正体不明ながらも「過ち」が主格たる者の犯したことであることが明らかであるのに対して、今回の水俣では主格は「悲劇」を単に傍観するどこの誰か分からない観客のようである。観客に 『二度とこの悲劇は繰り返しません』 と言わせるこういった欺瞞は一体何だろう。天声人語は 『水俣の惨禍は、終わっていない』 と締めくくるが、確かにこれではいくら経っても終わりようがない。
[PR]
by kpage | 2006-05-02 08:30 | ■行政 | Comments(0)
<< 枚数は増えてはいるが flickr >>


S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31