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菊姫の叫び

 不夜庵の中座は蕪村の祝宴の為だったとは。句は作らずの宴席ではあったが、蕪村は娶ったとも女を見染めた丹後、加悦で詠んだという句を披露した。
   『 夏川を越すうれしさよ手に草履 』
特にこの時期、読んでいてとても清々しく気持ちのいい句だ。空は青空、ぬぐう額の汗がかえって川面の風に涼しい。冷たい水に浸かる素足の爽快感や、足の裏に川底の小石まで感じて来る。そんな情景だ。手の草履は負われたとも女が持つ二人分の草履かな、だとすれば、うれしさも2倍だな、などと読み進んでいたら、それとは対照的にそれまで静かに眠っていた菊姫の容態がおかしい。
 同じ汗でも大粒の汗が噴き出し首を左右に振ってうわごとを云い始め苦しがる。『瘧(おこり)かもしれん』と云いつつも、長い間菊姫の脈を取っていた不夜庵が首をかしげる。意識の底のずっと深いところで、なにものかに怯え、苦しみ、戦い、救いを求める菊姫の叫びが聞こえるようだが、今の青井にはそれは分かるはずもなかった。
※瘧:間歇熱、決まった時間をおいて発熱してはさめることを繰り返す熱病。マラリア性の熱病など(新明解国語辞典)
(第92話の感想)
by kpage | 2005-07-20 11:37 | ■花はさくら木の感想