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軋まぬ倚子

青綺門院は努めて冷静に且つ、冷ややかな態度で田沼に臨んだ。まだ言葉を交わさぬうちから、田沼のただ者ではない気を感じ取っていたからだ。青綺門院に勧められ田沼の座った倚子(「いし」と読むが椅子のことである)が全く軋まなかったとある。『優雅な挙措』と表現してあるとおり、その見事に落ち着き払った流れるような一連の所作から今まで感じた事もない田沼の印象に驚く青綺門院だった。『一体どういう人種なのだろう』と。最近ではあまり聞かぬようになったが、いわゆる政界の新人類といわれる石原伸晃氏や山本一太氏が夫々、昭和32年と33年の生まれである。昨今で新人類というには些か苦しい年齢ではあるが、しかし政界での存在感はそれとは関係なく、若々しい発想が感じられる。この時、田沼意次、弱冠42歳。堂々の幕閣新人類であった。さすがの青綺門院も戸惑うはずである。
ところで、青綺門院は『紅木の倚子をすすめ・・』とあるが、近代に入るまで、元来日本には椅子に座る習慣は一般的にはなかった。それでも起源的には弥生時代に木をくりぬいたそれらしきものはあったらしい。よく見かけるのはドラマなどで戦国武将が野戦地で用いた折りたたみ式の椅子くらいである。あとこれと同様の形式だが、寺社などで使われている胡床(あぐら)があり、これは元々中国からの伝来だった。野戦用の椅子はこれを多分まねたのではと思うが。ここに登場する紅木の倚子は当然、中国、朝鮮からの舶来物であろう。紅木というからには紫檀などを使ったいかにも王座の風格のある倚子だったと思われる。もとより、当時こうした倚子に座ることの出来る者は自ずと限られている。少しの軋みも発せず座った田沼の手慣れた所作に青綺門院も田沼の予想以上の人物を察したに違いない。(第53話の感想)
by kpage | 2005-06-09 11:50 | ■花はさくら木の感想