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あなたはだ~れ

青井三保と智子はしばらく押し黙ったまま対峙していた。互いに言葉には出さぬが頭の中はグルグルと様々な思案がモーレツに駆け巡っていた。青井の配下たちも結局あの金世文同様、菊姫を他の娘とを勘違いしたというのか。手だれのあいつらが抜かるとは、そんな事がありうるのか。それでも青井は女とは時として、あっと七変化するもの、恋などすればなおのこと。それで『俺の顔も忘れてしまった』のか。そんな思いもあった。確かに印象の違う目の前の娘を前に、青井のあきらめきれぬ気持ち、分からぬでもない。
智子とて先ほどまでのきびきびした動きの配下と一変、自分をかどわかして置きながら、困惑ぶりを見せる青井が不思議でならなかった。『ひょっとしたら、私がこのお侍の正体を知らないのと同じように、彼は私がだれであるかを知らないのでは・・・・』。そう智子が思い当たった時、青井が袂からたたんだ黄金色(こがねいろ)の布を取り出して智子へ言った。『先ほど駕籠にこの面ぎぬ(かおぎぬ)をお忘れになった』それは智子に菊姫のことを懐かしく思い出させた。
前回、生来の格の違いといったが、智子の才も並々ではなかった。その1枚の面ぎぬで青井三保の想像など遥かに超えて智子は真理へ一気に迫っていった。金世文の言葉、菊姫の捨て子物語、菊姫の慕うさむらいのこと、袂にすべり込まされたなのもの、全てがつながっていった。彼は自分を菊姫と思っていたのだと。
こういう場面での対処の切れのよさは青井に限らず男は女にかなわない。もう5年前にもなるが「話を聞かない男、地図が読めない女」という本が世界の大ベストセラーとなった。日本でも数10万部いやそれ以上売れているかもしれない。
男と女の間には脳の根本的な機能の違いがあり考え方や物事の受け取り方が本来違うようなのだ。一般に男性も女性も普通はそんな事は知らないから、お互いに「も~っ!!!」ってことになるらしい。記事を書きながらふとこの本のことが頭をよぎったのである。書棚の隅から出して見てみた。もちろん、細かい内容は忘れてしまってるのでほんの最初の部分を拾い読みしていたら早速19ページにこんなことが書いてあった。『女は混雑した部屋に一歩入っただけで、そこにいる全員の印象を言える。車のガソリン切れを知らせる赤ランプが点滅していても気付かないが、そのくせ暗い部屋の片隅に汚れた靴下が転がっていたら50メートル先からでも分かる。男は、バックミラーだけで縦列駐車を難なくやってのけるのに、女のGスポットを見つけられない』、とか、この手の話題ばかりではなく、そういえばと思う話がぎっしりだ。
思うに男は女に比べ、沢山のもので構成されているものが、どういうものから構成され、どういう構造や仕組みになっているのかを考えるのが得意であり好きなのである。機械ものが好きなのだ。私自身幼い頃、車の玩具など買ってもらっても1週間も経たないうち(若干オーバーかもしれないが、基本的に)に原型をとどめず、歯車とタイヤだけがついた台車で遊んでいた。中がどうなっているのかどうしても気になって壊してしまうのだ。逆に女性は状況を一目で見るなり、見た目とかそういうものでなく個々の本質的なものを把握する。しかし部分の虜にはならない。そして一瞬にして全体像を知るのだ。女の子はままごとや人形遊びが大好きである。しかし、本当に好きなのはままごと遊びの道具でもなく、人形本体でもなく(素敵な人形があってその人形が好き、というのもありだが)、ごっこ遊びの状況なのである。
智子の場合は正にそれだなと思った。智子はその後の推理を若い娘らしく展開していく。やはり、恋ゆえの企てか、と。ただ智子の推理には全く置いてけ堀の青井三保であった。
by kpage | 2005-05-25 14:59 | ■花はさくら木の感想