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2005年 04月 29日
不思議な洋装束を血が付かぬよう注意深く脱がせ、うまく飛脚に成りすました青井三保は対馬藩京屋敷客館に滞在する朝参判使と言うものに密書と前回紹介したあるものが収められた小匣(こばこ)を手渡した。そして、彼はその足で江戸に下るのである。
青井は皮の長靴を脱がせるのも自分の足をまた入れるのにも随分てこずったとある。そしてもと来た道を駆けもどるのだが、その長靴を履くと、雪道を普段の倍の速さで飛ぶように走れたのがそれが非常に不思議であったとある。
私は以前から疑問に思っていた事がある。古来武士が戦時身につけてきた甲冑の類である(類といったのは兜やらなにやら何と呼んでいいのか分からぬ部品が沢山付随しいてよく分からぬからであるが・・)。頭の上の兜からずっと下へ目線を下ろすと肩や胸や腹や足、手の甲、足の甲などを刃や矢、果ては銃弾から守るための装備が見て取れるのだが、足のとどのつまりはどう見ても足袋であり、草鞋である。戦時でこれである。普段位の高い武家がいでたちをいくら正装しようと、頭の先からつま先まではいい。外出するには結局草履(下駄や藁で編んだ長靴のようなものがないわけではなかったろうが)である。
最近SAMURAIをテーマにした映画が流行った。上半身は日欧どちらも威風堂々。しかし足元を見ると、草鞋は見慣れて違和感は全く感じないが、お世辞を足しても、少し貧弱じゃないのかな・・と。私はというか読者の多くも草鞋などを実際に履いたことはほとんどないだろう。ほんの幼い頃履かせてもらったような記憶がかすかにあるにはある。自分で簡単に作れ、材料はただみたいな稲ワラだ。何足持って歩いても重たくもない。ただ、濡れるし、無用な怪我をしやすい、そう思うが、この日本の風土では至極快適便利。やはりこれが日本の伝統を作った文字通りの足元だったんだろうなと思う。
それにしても、かの青井三保は靴の威力に腰を抜かすほど驚いたに違いない。
by kpage | 2005-04-29 16:53 | ■花はさくら木の感想
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